温故知新な料理サロン
新しい料理スタイル・禅と膳
La table de Zen を目指して

料理研究家 ATSUKOのプロフィール




Atsuko モダン・リビングスタイル 料理サロン
food Coordinator Atsuko

Atsuko Umezawa フードコーディネーター

聖心女子学院・英文科卒

OL生活を経て渡仏。
クリスティーズの経営するクリスティーズエデュカシオンに留学。
(当時、仏・ロスチャイルドGが、クリスティーズに、お屋敷を学校として貸していた。)
そこで美術鑑定を学ぶ。

そのフランス留学時代、
知人友人のフランス人宅の、
家庭的でいながらお洒落なおもてなしフレンチを体験。

フランス人宅での、
・もてなしフレンチ体験に刺激され、
趣味でフランス人宅の料理サロンにも通った。

帰国後は、ライフスタイル系雑誌の出版社に勤務する傍ら、
日本で最初に開校された120年つづく老舗料理学園に通う。
同学園で本格的に和食・洋食の基礎を学び直し、フードコーディネーターの資格を取得。

数種の飲食店のPRやコンサルタティングに携わりながら、
内外からの来訪する日本人・外国人達に、
ボーダレスな、オリジナルおもてなし和食を自宅で振舞う。

これが、大変に喜ばれる為、
フランス生活で感じた、フランス的な
「モダンリビング・もてなしCooking」を、
一般的にしていけたらと考える。

●新しい料理スタイルとして、
リビングを訪れるお客様に喜ばれる
和食がベースで、各国のフレーバーを加えたオリジナル料理の味
ワインや厳選した日本酒との芳醇な味わいと歓談。

そんな、おもてなし・リビング料理スタイルを、
かって感じたフランス人宅の、家庭的でお洒落なおもてなしフレンチ体験を元に、

日本のおもてなしの源・茶道・懐石料理・禅と膳の心・・・
"La table de Zen"と銘打ち、
「モダンリビングスタイル・おもてなしオリジナル料理」として、
日本の各家庭のリビング向けに、みずから楽しみながら教えて行くことを思い立ち、
考案・開始する。

レストラン・料亭巡り、懐石とフレンチの教室には現在も通い続けるとともに、
食空間のアレンジに役立てたいと思い書道もはじめ、日本文化の奥深さに改めて感心する。

                                         インタビュー/文 賀川弘一


現代日本の料理教室の発展は、戦後アメリカからもたらされたマイホーム主義が源流かも知れない。
ただ、戦後貧しかった頃は、江上トミさんの提唱したような、
「放課後遊びつかれて家に帰ってくる、貧しいが元気な子供達の為」の健康を、お母さんが考えての流れからだと思う。
それは、昭和30年代に入り、やっと日本の経済も安定し、平和を認識し、享受できて来た日本的マイホームの喜びである。それが日本人に共鳴を呼び起こしてきたものと思う。
そして料理教室というものが日本人に関心を呼び、主婦たちばかりではなく、国民すべてにとって、
真新しいテレビジョンで見る江上トミさんの理想的母親の語り口は、男性社会だった戦前と違う民主主義の世の中を体現すると共に、平和な新しい家庭の時代の到来をいっそう感じさせ、歓迎を持って受け入れられた。
そしてそれは特に、主婦層にとっての、家庭画報・主婦の友という主婦向けオピニオンリーダー雑誌においては、なくてはならない企画ものぺージとなって行く。

料理教室の発祥事態は明治15年の一般家庭の子女を対象に開設した神田の「赤堀割烹教場」にあるが、江上トミさんの慈母のような話しかけスタイルの暖かい提唱方法は、自ら日本の料理教室の指導スタイルの新しい原点を戦後の大衆のもとにもたらした。以後、そのスタイルが続く。

次に、土井勝氏が独特の暖かさで、日本経済躍進を担う「働くお父さんの為のお袋の味。」を広めた。

そして40年代に入ると、生活にもゆとりが出来て、
田園調布・自由が丘のマダムのスタイルを取り入れた、あたかも上流夫人の雰囲気を味合わせてくれるような、自由が丘の田村魚菜氏の料理学園が、氏のバリトン歌手のようなダンディズムを重ね合わせ脚光を浴びる。アメリカンホームドラマへのあこがれの実現である。

しかし、それ以来、多くの駅前クッキングスクール・料理番組もにぎやかであるが、料理教室⇔食文化というものを生み出せないまま、高度経済成長に入ると車社会が到来し、それと共に家庭の食は台頭して来た外食産業という食の産業化によって日陰の時代に入る。

さて、バブルの後遺症もやっと癒えて来た現在、
今の30歳代の女性、それはバブル全盛時代に社会に入り、都会の多様な食スタイルをすべて経験して来たある意味で裕福な団塊ジュニア世代である。
一様に、物・店の豊富な中で育ち、眼は肥えているし、行動力がある世代である。
彼女達は、バブルの前後を通じて、、、というよりバブルは戦前戦後と言った方がいいかも知れない。
そんな20歳代の10年に、普通の人間の見る20年分のものを見て来たともいえる。

多くのまがいもの食スタイル。きらびやかで派手な都会派を気取っただけのレストラン。
高いだけで肝心の味自体が低レベルで、そして消えていった偽者の食と、食職人たち。
次から次へと出てくる形態を変えただけで味と健康を置いて来てしまった外食チェーン。
流行になりその後消えていった店たち。陰で有名人に伝聞を依頼し仕掛けの宣伝をして来た店々。
それらをつぶさに見て来た。

そんな彼女達が、本当の食スタイルを、「自分達の納得できる、自分たちのための食スタイル」として、
今、自分たちで作り出そうとしているのではないだろうか。

実際に味合わせて頂いて、「これはまったく女性の好む味と言うべきで、新しい味だ。」と感じた。
男性料理人の感性では、よほど女性の好みを知り尽くした料理人にしかできないのではないか?
とも感じた。私のような粗雑な男からすると、とても、男性が好む、かきこみ食全般などとは、天地の違いがあると思うのである。
たとえば、醤油煮付け系の八百善系の料理ばかり食べていた関東の人間が、戦後東京に進出して来た、薄味で素材の持ち味を出す京料理を初めて味わった時の感触。。。
といったら叱られるかも知れないが。。

過去に団塊の世代が多くの文化を生んできた。今、彼らの子供としてのびのび育ってきた団塊ジュニア世代が30歳代に入り、社会に自信を持ち進出して来ている影響力年齢になっている。

彼女たちが参考になったのが、食に対する独自の誇りと伝統を持つ、フランスの家庭のもてなし方と、
リビング料理スタイルではないのかと感じた。
企業が事業として経営する駅前クッキングスクールとはまったく違うものである。
これはきっと、彼女たちが楽しんで食べ、飲む為に作る料理教室である。
おそらく産業化できない新しいリビングもてなし料理であり、個人教室中心の茶道・華道の教室に似たものかも知れない。

やっと日本の食も、料理教室も、江上トミさんの提唱したマイホームの源流に戻って来ているのかも知れない。
茶の間がリビングに、味合う人達が、料理を作る人も交えた「もてなす来客達と家族達」に変わっては来たけれど。

時代は巡るという、これが因縁のなせることなのだろうか。
団塊ジュニアの彼女たちは、江上トミさんが可愛がった「貧しいが元気な子供達」が、おかげで健康に成長し、生んだ子供たちなのである。

そんなわけで、衛星テレビの「旅チャンネル」が、もうすでに5月放送開始として、この料理教室の番組作り入っているのだそうである。

インタビューを終わり、女性向け月刊誌・週刊誌などから取材が早速来だしていると聞いた。

現代女性層の『心の琴線を響かせた。』ということなのだろうか。

近いうちに、非常にブレイクする予感を感じた。
                                                   /文 賀川

About Atsuko

Atsuko studied French cooking in Paris from 1998 , after returning to Tokyo,
subsequently, she earned a diploma at a reputable cooking school in Tokyo.
She also worked as a food management service consultant for several restaurants and food magazines in Tokyo.




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